ジェイソンとキンニクの事件簿

伊豆の(オトリ)(スパイ)大作戦〜

 道がつづら折りになって、いよいよ天城坂(ってどこだよ!)に近づいたと思う頃、雨脚が林の密林(んなもんどこにも見当たらないけど)を白く染めながら、すさまじい速さで僕を追ってきた。
 僕は人体骨格模型のジェイソン、推定年齢55歳。真っ白い(つーか薄汚れた)骨が特徴的(なのか?)で、骨には蛍光塗料がベッタベタに塗ってある。
 一模型(ひとり)(+先生)伊豆の旅に出てから4日目……って、え!?
「こっ……これって伊豆に行く旅だったんですか!? っていうかそもそも旅だったんですか!?」
 ……まぁ、今僕が置かれた状況を、判りやすく回想シーンにまとめてみましたので、そちらをどーぞ。

☆     ☆     ☆


 ここは二階にある理科Ⅱ教室……を、廊下をはさんで向かい側にある、物置きと化した場所の中。
「う〜ん、ヒマですね〜」
 耳が痛くなるくらいの静寂の中、僕はぽつりと呟いた。
 「そうねえ……何か楽しいことはないかしら」
 それに返答して、隣にいた内臓サン--女言葉を多用してるけど実は男という、何だか訳アリにも思える内臓模型--が口を開いた。
 --ミシッ、ミシッ……
 突然、その静寂を破って廊下の方から床のきしむ音が聞こえてきた。
「……?」
 その音は、だんだん近づいてくる。
 「何かしら……?」
 僕は薄気味悪くなり、近くに立てかけてあった支持棒らしきものを手に取り、構えた。
 内臓サンは僕の後ろにさっと身を潜める。
 そして、その音は、僕のいる物置きの扉代わりをなしている、コロ付き掲示板の前に来たところでピタリとやんだ。
 掲示板が、まるで扉を開かれるかのように、ゆっくりと動く。
 --来る。
 僕はごくりとつばを呑み込んだ。
 棒を握った手に、ぐっと力が入る。
 --そのときだった。
「よぉ! ジェイソン」
 取り外された掲示板の向こうから、すがすがしいくらい能天気な声が聞こえた。
「……き、キンニク?」
 そこには、僕の永遠の宿敵--キンニクこと人体模型キンニクバージョンの姿があった。
「おっ……驚かさないで下さいよ! どこぞのホラーじゃないんだからっ!!」
「ごめ〜ん。悪気はなかったんだけどよ〜、あんま足音立てると先生にバレちまうからさぁ〜」
 僕たち理科模型は、自分たちが動けて喋れるということが先生その他人間たちにバレてはいけないという暗黙の了解がある。まぁ、そんなことバレたらそれこそ『学校の怪談』だもんなぁ。
「いやいやいやいやだからってあんな迫力満点なきしみ音がだんだん近づいてきたら誰でも怖いでしょ!? 僕てっきりサダコが襲来してくる音かと思いましたよ!!」
「でも先生にバレるのもどーかと思うけどな〜」
「……まぁ、そうですけど……てか、めずらしいですね。一発目で僕の名前を正しく言うだなんて」
 キンニクは、今のところはかろうじてそのようなことはないが、いつも僕の名前を間違える。でも、時々正しい名前を言うこともあるので、本当に覚えてないのかわざとなのかは判らない。
「ハッハッハ。ま、それは置いといて……」
「って何話題そらそうとしてんですか! さっきの高笑いがスッゴク気になるんですけどっ!!」
「……今から、あの箱に入ってもらう」
キンニクが近くの窓から身を乗り出し、言った。
「あの箱……?」
 僕もそれに従って、キンニクの隣から身を乗り出す。
「ほら、アレだよ」
 キンニクはある物体を指差した。
「ってアレ、トラックじゃないですか!」
「そうだ。トルァックに乗るんだ」
「何ですかその発音のよさ! 普通に『トラック』でいいですよ!!」
「もうすぐ先生が来て、お前をあの中に運び入れてくれるそうだ。だから心配は無用だぞ」
「ってやっぱ僕の発言はスルーされるんですか……」
「お、先生が来たぞ」
 キンニクの言葉を聞いて振り返ると、廊下の向こうから先生が近づいてくるのが見えた。
「じゃーな。よい旅を!」
「え……ちょっ、何で僕はトラックに乗らないといけな……」
 僕が言い終わる前に先生が僕の前に来て、ガラガラと僕を移動し始めた。
「うぁぁぁぁぁキンニクちゃんと僕の質問に答えろぉぉぉぉ--------っ!!」

「あっでぃお〜す♪」
「アディオスじゃねぇ-----っ!!」
「違う! あでぃおすだ!!」
「そんなんどーでもい----っ!!」
「いってらっしゃい、ジェイソン!!」
「って、内臓サンまでぇぇぇぇ!?」
 と、僕が叫んでいる間にも、キンニクの姿はだんだん小さくなってゆき、やがては見えなくなってしまった……

☆     ☆     ☆

「というわけで僕はトラックに乗せられて、いつのまにか伊豆(こんなトコロ)に来ちゃったんですよね〜……ってかここマジで伊豆なの?」
 行き先も何も教えられないままトラックに乗せられた僕は、暗くてただっ広い部屋の中、独りでぽつんと座っていた。
 ゴンガッシャンパリーン!!
「……?」
 暗闇の中から奇妙な物音が聞こえた。
「何かが車の揺れで落ちたんですかね……?」
 僕が訝しがっていると、さっき物音が聞こえた方からヒソヒソ声が聞こえてきた。
「イヤァァァァ!! あたしの天球がァァァ!! 強化プラスチックのクセに割れちゃったアルぅぅぅ!! 強化プラスチックって高かったのにィィィィ!!」
「しっ! 喋るな! ヤツにバレちまうぞ!」
 ……必死にたしなめているが、全て丸聞こえである。
「ちょっ、こりゃ修理しないといけないアル! ここで降ろして!」
「ムリだっつのそんなコト! お前ここで飛び降りたらお前の身体ごとガシャーンドカーンパラパラだぞ!」
「何ですカその判りにくい表現!! 擬音語ばっかじゃねーカ!!」
「いーだろ判りゃ!! それにな、擬音語の方が判りやすいことだってあんだぞ!!」
 僕は、声の持ち主たちに気づかれないよう、抜き足差し足忍び足で声のする方向に近づいてみた。
「判ったよ! じゃあ、ここで飛び降りたらお前の身体ごと成仏しちまうぞ!」
「……そこ、『成仏』じゃなくて『オダブツ』ですよ」
「ぎゃあっ!!」
 大きな棚の裏を覗き込み、ぼそっと呟いた不審者(ぼく)に、その声の持ち主たち--キンニクとリーこと天球儀模型のリーエンスは恐れおののいた。
「なっ、何でこんなところにいるんだジェイソン〜〜」
「何でって訊きたいのはこっちの方ですよッ。お前、さっき『あでぃお〜す』って言って僕を見送ってたじゃないですか!!」
「いや〜、あの後オレたちもあのトルァックに乗ったんだよ。なぁ、チャイナ娘」
 キンニクがリーに同意を求めると、リーは声をはりあげて怒鳴った。
「あたしはチャイナ娘って名前じゃねーって何度も何度も何度も何度も言ってんだろーがっ!! バカにすんのも大概にしろやハゲ」
「……今、何つった?」
「バカにすんのも大概にしろやハゲ、アルヨ」
「………」
 しばらくキンニクは黙りこくった。
「……バカって言うなよォォォ!!」
「え、そこ!? そこなんですか!?」
 僕はてっきり『ハゲ』に怒ったのかと思ったのに。
「確かにオレはバカだよ! でも…でもなぁ……だからって他模型(ヒト)に言われたら誰だってムカつくんだよッ!!」

「どこにキレてんですか!! しかもあの台詞アンタに向けて言ったヤツじゃないし!!」
「バカにだってなぁ、人権はあるんだよ!!」
「何かハナシの主旨変わってるし!! てかそもそも僕たち人間じゃないから人権なんてありませんよ!!」
「ってこんなハナシしてる場合じゃねーよ」
「お前が始めたんじゃねーか!!」
 僕はいきなり話題転換しようとしたキンニクにツッコんだ。
「と---に---か---く----、オレたちは伊豆に向かっている」
「……何でそこで伊豆なんですか……僕たち東京に住んでるわけじゃないんですよ! 日本の西の地方のとある学校に住んでいるフツーの模型なんですよっ!? 伊豆に行く必要性が判りません!!」
「……それはこのディスコォを観たら判るさ」
 と、キンニクは懐(ねーけど)から新らしめのミニサイズDVDっぽいものを取り出した。
「『ディスク』でいいでしょ普通に!! 発音よすぎますッ!!」
「キンニクさん!! 何ですカそのディスコォ!! メチャクチャ面白そうアル!!!」

「ってアレ、リーさんも?」
「そーかぁそーかぁ、じゃあ再生すっぞ---」
 キンニクは僕の発言をオール無視して、ディスクをどこからともなく出したテレビつき小型再生装置の中に入れた。
「あれ……何かその装置、どこかで見たことがあるような……」
 カシャンッ
 ジジッ
 キュルルルルル……
 すると、ぱっと画面にどこかの教室の教卓が映し出された。そこにはキンニクが立っている。
『--おはようフェルプス君』
「ッてやっぱコレ往年のヒット作『ス●イ大作戦』もしくはト●・クルーズ主演『ミッション・インポッシブル』じゃないですかぁぁぁ!! しかもわざわざVTRにするイミないしッ!! それに僕フェルプス君じゃないですよ!!」
『今回の任務は、伊豆に向かいとある学校に潜入し捜査することだ』
「わッ、いきなりスゴいことに!!」
 すると、ぱっと映像が変わり、どこかの学校の校舎が映し出された。
『その学校とは、私立素巴伊(すぱい)学園という高校である。創立されてから50年という、結構歴史のある学校である』
「潜入したら絶対バレちゃいますよ!! だってスパイ学園だものォォォ!! 絶対スパイ養成コースとか組んでますよ絶対!!」
『そこの理事長にはもう連絡を取ってある。新しく入荷された模型として、仲間と一緒に潜入してくれ』
「え!? マジ!? てか仲間って……まさかキンニクとかリーさんと一緒にってことですか!?」
『半分サンがその学校に潜んでいるという情報が入っている。今回はそれを探し出し、捕らえて君の母校に連れ帰ってほしい』
「そこで半分サンなのかよォォォ」
 半分サンとは、何故か語尾に(嘲笑)(ちょうしょう)や(威張(いばり))など、キンニク曰く『語尾()(ごびかっこ)』をやたらとつける、怪盗気取りのキザっぽい奴で、本名は『人体模型半分バ-ジョン』のはずなのだが、本人はキンニクの本名『人体模型キンニクバ-ジョン』に似ているとか何かよく判らない理由で『筋肉・皮(ひ)膚(ふ)合成模型』と名乗っている。
 よくめんどくさい事件を引き起こし、事件が起こったというと百二十パ-セント彼の仕業だというお騒がせな模型(ヒト)だ。
 その度に僕はキンニクなどに依頼され、いつも彼の尻拭いをさせられるハメになっている。
『--なお、(ルゥエイ)によって君もしくは君の部下が捕らわれる、あるいは殺されることになっても当局は一切関与しないのでそのつもりで』
「お決まりの台詞キタ------!! つーかキンニクが今日やけに発音良かったのってもしかしてこれのせい? そして当局ってどこ?」
『なお、このテープは自動的に消滅する』
「へ?」
 シュウウウウ……
 いきなり画面が暗転し、機械から煙が出だした。
 ドッカ-------ン!!!
 ……大轟音とともに、機械の周囲、半径5m以内が見事にぶっ飛んだ。
「…うっ……けほっ」
 その爆発に巻き込まれた僕が咳き込んでいると、キンニクが能天気な声をかけてきた。
「つ-わけでジェイソン、このトルァックは素巴伊学園へ向かっているっつ-ことだ。いっしょにガンバろうぜ☆」
「ッ、何でこの小型DVDプレ-ヤ-爆発するんですかッ!? スパイ大○戦は煙出ただけですよね!? そして逃げる時間ありましたよね!? そして何でアンタだけこの爆発から免れてるんですか!!」
「あたしもいるネ!」
 と、無傷(ただし表面の強化ガラスは先程の揺れにより大破したため、ただの地球儀となっている)のリ-が元気よく名乗りを上げた。
「キンニクさんが『あのプレ-ヤ-爆発すっから避難しとけ〜』って言ってくれたアル」
「ちょっ!! 黙っとけって言っただろ--が!!!」
「……へ-え。ギャグのために模型(ヒト)は爆発させておいて、自分とかわい-後輩は無傷のまま逃げおおせるってことですか。ふ-ん」
「いやッ、そんなことは……てか以前にもこんなコトなかった?」
「いつかの六月十三日、第三話『走れジェイソン』アルネ」
「だからお前は黙っとけってぇぇぇぇ----ッ!!」
「……ていうかこの目覚まし時計、さっきから『24』(とぅえんてぃ-ふぉ-)みたいにカウントダウンしてるネ」
 リ-はどこから発掘してきたのか、四角い箱を持って(手ね-けど)僕たちに質問してきた。
「目覚まし時計?」
 リ-が持っている箱をのぞきこむと、デジタル時計がすさまじい速さでカウントダウンしている。
 そこに今表示されているのは、0分11秒。
「……ってコレ、時限爆弾じゃないですかぁぁぁ!!」
「え?」
 ピピピピピピピピ………
 どっか---------ん☆
 ……僕たちは見事にフッ飛んだ。
「ギャアアアアアアア!!」
「バイバイキ------ン!!」
「お前はバイ○ンマンか!!」
「じゃあ、や--なカ-ンジ---!!」
「ポ○モン(アニメ版)かよォォォ!!」
「ど-してあたしたちも爆発しなきゃならないアルネ!!」
 僕のツッコミを遮ってリ-が文句を言った。
「いや……景気づけに一発……なんちて」
 苦笑しながらぽつりと呟くキンニクに、二度も爆破を喰らった僕は忌々しげに舌打ちした。
「……こんなんで景気つけられるかッ……!!」

伊豆の囮〜囮大作戦  Ⅰ      
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